入院して医療費が高額になった月は、健康保険の窓口負担だけでも数十万円に達することがあります。けれども実際に家計が負担し続けるのは、そのうちの一部です。健康保険の高額療養費制度により、自己負担限度額を超えた分は数ヶ月後に戻ってきます。この窓口での立て替えと返金のタイムラグを、複式簿記でどう記録するか、具体的な金額の仕訳例で見ていきましょう。
高額療養費の返金を普通の収入として記録すると起きる問題
健康保険には、1ヶ月の医療費の自己負担が一定の限度額を超えた場合、その超えた分が後日返金される高額療養費という制度があります。入院や手術で医療費総額が100万円になったケースでは、健康保険の3割負担でも窓口での支払いは30万円に達します。ところが高額療養費制度の限度額適用後の自己負担は、所得によってはその3割に遠く及ばない金額で済みます。
この仕組みを知らずに、窓口で払った30万円をそのまま医療費として家計簿に記録してしまうと、その月の医療費が実態より何倍も大きく見えてしまいます。さらに数ヶ月後、健康保険から差額が口座に振り込まれたとき、この入金を何として記録すればよいか分からなくなります。臨時収入として収益に計上してしまうと、立て替えただけのお金が家計の儲けとして二重に数えられてしまいます。逆に何も記録しないと、そのお金がどの医療費に対する返金なのか、いつまでも口座の残高に埋もれたままになります。
問題はお金が出ていったタイミングと、家計が実際に負担し続けるタイミングがズレていることです。単式簿記の家計簿は現金の出入りしか記録しないため、立て替えと返金という2つの出来事を1本のつながった記録として残す手段を持っていません。
窓口で30万円払っても、家計が本当に負担するのはもっと少ない金額なんだ。差額は数ヶ月後に戻ってくる権利であって、家計の儲けとして新しく生まれたお金じゃないよ。立て替えと返金は、ワンセットで記録する必要があるんだ。
複式簿記なら「本当の自己負担額」と「戻ってくる権利」を分けられる
複式簿記には、まだ現金として戻ってきていなくても、将来お金が戻ってくることが見込まれる権利を資産として計上するという考え方があります。ふるさと納税の控除分を記録するときと同じ「未収金」という資産科目を、高額療養費でも使います。窓口で立て替えた金額のうち、本当の自己負担額だけを医療費という費用にし、残りは未収金という資産として貸借対照表に残しておきます。そして数ヶ月後、実際に返金されたタイミングで未収金を取り崩します。
限度額適用認定証を事前に用意している場合
加入している健康保険組合や協会けんぽに申請して「限度額適用認定証」を取得し、入院前に病院へ提示しておくと、窓口での支払いが最初から自己負担限度額だけで済みます。この場合は立て替えそのものが発生しないため、未収金を使う必要がなく、医療費を1本の仕訳で記録できます。入院が決まった時点で申請しておく価値は大きく、月単位で見れば数十万円の立て替えを避けられます。
認定証を用意していない場合
認定証を用意していない、あるいは急な入院で間に合わなかった場合は、病院の窓口でいったん健康保険の3割負担分を全額払います。その後、加入している健康保険に申請書を提出し、審査を経て限度額を超えた分が数ヶ月後に口座へ振り込まれます。申請してから実際に振り込まれるまでは、審査の都合で2ヶ月から3ヶ月程度かかるのが一般的です。この間、差額は未収金として家計簿に残り続けます。
認定証を先に用意できれば、そもそも立て替えが発生しないから一番シンプルだよ。用意できなかった場合は、窓口で払った金額のうち、本当の自己負担分だけを医療費にして、残りは未収金として数ヶ月間預けておくイメージで記録するんだ。
家庭の取引を高額療養費の視点で仕訳してみる
69歳以下で年収がおおよそ370万円から770万円の世帯を例に仕訳を見ていきます。この所得区分の自己負担限度額は、80,100円に、医療費総額から267,000円を引いた金額の1パーセントを足した金額です。入院で医療費総額が1,000,000円かかったケースでは、限度額は80,100円に733円の1パーセントではなく733,000円の1パーセントである7,330円を足した87,430円になります。健康保険の3割負担による窓口での支払いは300,000円なので、差額の212,570円が後日戻ってくる計算です。
例1 入院時、窓口で医療費の3割にあたる300,000円を支払った
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 医療費 | 87,430円 | 普通預金 | 300,000円 |
| 未収金 | 212,570円 |
本当の自己負担額である87,430円だけを医療費として費用にし、残りの212,570円は健康保険から戻ってくる権利として未収金で受け止めます。借方の合計300,000円と貸方の300,000円が一致している点に注目してください。口座から出ていったお金は確かに300,000円ですが、その内訳が消えた87,430円と、形を変えて残っている212,570円に分かれている、という記録になっています。
例2 申請から3ヶ月後、高額療養費212,570円が口座に振り込まれた
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 普通預金 | 212,570円 | 未収金 | 212,570円 |
振り込まれた212,570円は新しい収入ではなく、3ヶ月前から未収金として持っていた資産が現金に戻っただけです。この仕訳を入れることで未収金の残高はちょうどゼロに戻り、立て替えから返金までの一連の取引が完結します。
限度額適用認定証を用意していた場合の仕訳
同じ入院で、事前に限度額適用認定証を提示していた場合は、窓口での支払いそのものが87,430円で済みます。立て替えが発生しないため、未収金を使わず1本の仕訳で完結します。
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 医療費 | 87,430円 | 普通預金 | 87,430円 |
結果として医療費という費用の金額は例1と同じ87,430円になりますが、口座から一時的に大きな金額が出ていく心配も、数ヶ月間未収金を管理する手間も、どちらも発生しません。
入院が月をまたぐと、限度額は2回分かかる
つまずきやすいのが、高額療養費が「同一月」単位で計算されることです。月の途中から翌月にかけて入院した場合、たとえば9月20日から10月5日まで入院したケースでは、9月分の医療費と10月分の医療費がそれぞれ別の月として扱われ、自己負担限度額も月ごとに別々に適用されます。仮に9月分の医療費総額が40万円、10月分が60万円だったとすると、合計100万円の入院でも、9月分と10月分でそれぞれ限度額まで自己負担することになり、1ヶ月で収まる入院より世帯の自己負担額が増える結果になります。退院日を調整できる場合は、月末をまたがない日程を選べないか医師に相談する価値があります。
もう1つの例外が世帯合算です。同じ健康保険に加入している家族であれば、同一月に複数の家族がそれぞれ受けた医療費を合算して、まとめて限度額を適用できます。たとえば配偶者が同じ月に40,000円、子どもが35,000円の医療費を払っていた場合、1人では限度額に届かなくても、世帯で合算すれば限度額を超えて高額療養費の対象になることがあります。合算の申請を忘れると、本来戻ってくるはずのお金を取りに行かないまま終わってしまいます。
月をまたぐ入院は限度額が2回分かかるから、同じ医療費でも自己負担が増えることがあるよ。逆に家族の医療費はまとめて申請できる世帯合算という制度もあるから、1人だと限度額に届かなくても、家族分を合算すれば戻ってくるお金が見つかるかもしれないんだ。
この考え方を使うメリット
- 入院した月の家計を過度に赤字に見せません。本当の自己負担額だけを費用にするので、損益計算書に表示される医療費が、窓口での立て替え額ではなく実態に近い数字になります。
- 申請中の金額が資産として見えます。貸借対照表に未収金の残高が表示されるので、今どれだけの金額が審査待ちなのかを一目で把握できます。
- 申請もれに気づけます。限度額を超えているはずなのに申請を忘れていると、未収金として計上した金額がいつまでも口座に入ってこないため、申請もれに気づく手がかりになります。
BokiBookで高額療養費の立て替えを管理する
BokiBookの仕訳入力画面では、借方と貸方をそれぞれ複数行に分けて入力できます。高額療養費のように借方が医療費と未収金の2行に分かれる仕訳も、そのまま登録できます。
医療費や未収金のような標準の勘定科目のほか、家計の事情に合わせて科目を追加したい場合は、勘定科目の管理画面から登録できます。入院の見込みがある場合は、あらかじめ未収金という科目を使える状態にしておくと、審査待ちの金額をいつでも記録できます。
窓口で立て替えた仕訳を入れた後は、貸借対照表を開けば未収金の残高が資産の部に表示されます。数ヶ月後に高額療養費が振り込まれたら、取り崩しの仕訳を1件入力するだけで残高がゼロに戻ります。この資産として残しておく考え方は、ふるさと納税の仕訳で使った未収金と同じ発想です。あわせて読むと、立て替えと後日の返金を資産として記録するパターンへの理解が深まります。医療費そのものの記録方法や確定申告での扱いは医療費控除の仕訳の記事で詳しく解説しています。
入院して窓口で大きな金額を払っても、それがそのまま家計の負担になるわけじゃないよ。本当の自己負担額と、戻ってくる権利を分けて記録しておけば、数ヶ月後の振り込みが何のお金か迷わなくなるんだ。